介護の仕事を始めて、最初にぶつかった壁は排泄介助でした。
今でこそ「誰でも最初は通る道」と思うけれど、当時の私は、毎日が必死で、うまくいかない自分に押しつぶされそうになっていました。
排泄介助は、技術も気配りも必要です。
利用者さんの体を傷つけないように、羞恥心に配慮して、てばやく、安全に。
頭では分かっていても、手が追いつかない。
緊張するほど動きが固くなって、余計に失敗してしまう。
ある日、排泄介助のあと、先輩ヘルパーにこう言われました.
「オムツの当て方が雑」
「シーツが下手くそ」
言い方はきつく、言葉も胸に刺さりました。
自分でも雑になっているのは分かっていました。
でも、急いでいる現場の空気、後ろに待っている仕事、焦る気持ち。
全部が重なって、丁寧にやりたいのに、丁寧にできない。
さらに追い打ちをかけるように、利用者さんから怒られることもありました。
「痛い!」
「なんでそんな洗い方するんだ!」
怒られても当然です。利用者さんは苦しいし、不快だし、不安です。
分かっているのに、心の中では別の声が叫んでいました。
(ごめんなさい…でも、どうしたらいいのか分からない…)
介護って、優しさだけじゃできない。
技術が必要で、段取りが必要で、そして何より経験が必要なんだと、その時に痛感しました。
だけど当時の私は、経験の積み方が分からなかった。
怒られた理由を整理する前に、次の仕事に追われ、反省する前にはまた失敗する。
その繰り返しで、気持ちがどんどんする減っていきました。
そして、たった1か月ほどで、心の中に「逃げたい」という気持ちが出てきました。
朝になると胃が重くて、職場のことを考えるだけで息が浅くなる。
玄関で靴を履く手が止まって、時計だけを何度も見てしまう。
「今日は休もうかな」
「体調が悪いって言えばいいかな」
気づけば私は、少しずつ休みがちになっていました。
今振り返ると、あの時は私は”怠けていた”のではなく、限界サインがでていたんだと思います。
介護の現場は体力勝負と言われるけれど、最初の頃に削られるのは、体よりも心でした。
失敗するたびに自己否定が増えて、注意されるたびに怖くなって、怒られるたびに自信がなくなる。
「自分は向いていない」
「迷惑かけるくらいなら、いない方がいい」
そんな考えが頭の中を占領して、前向気持ちがどこかに消えていきました。
でも、ここでひとつだけ、今の自分から当時の自分に伝えたいことがあります。
排泄介助は、最初にうまくできないのが普通です。
むしろ、ここでつまずかない人のほうが少ない。
なぜなら排泄介助は、単に”作業”ではなく、「利用者さん体の状態・皮膚の弱さ・姿勢・羞恥心・不安まで含めて対応するからです。
新人が一回でできるわけがない。
もしあの時、私が少しでも楽になれる方法があったとしたら、たぶんこれです。
・「雑」と言われたら、落ち込む前にどこが雑かを一つだけ聞く
(例:ギャザー?位置?充てる角度?テープ?)
・シーツ「下手」ではなく、コツが分からないだけと理解する。
(体位の取り方、シーツの引き込み方は技術)
・怒られたら、まず「痛かったですね、ごめんなさい」と一言で落ち着く
そのあとで、次の動きを確認する
・休みがちになりそうなら、「今、排泄介助が怖い」と誰かに言語化する
心の中に溜めるほど、怖さは大きくなる
そして何より、「できない自分」を責めるより、
できるようになるための”聞き方”を覚える方が、ずっと早く楽になります。
あの頃の私は、それができませんでした。
プライドもあったし、恥ずかしさもあったし、聞いたら余計に怒られる気がして怖かった。
だから一人で抱えて、勝手に限界になって、休みがちになってしまった。
介護の世界って、最初の1か月が一番つらい人も多いと思います。
慣れない体勢、覚えることの多さ、時間のプレッシャー、そして人間関係。
「自分だけができない」と感じるけれど、実はみんな同じ道を通っています。
もし今、同じように苦しくて「逃げたい」と思っている人がいたら、伝えたいです。
逃げたいと思うほど頑張ったんだと思います。
ただ、できれば一人で抱えないでほしい。
”休む”ことも大事だけど、同時に誰かに助けを求めることも、あなたを守る選択です。
このブログ「こころのヒント帳」では、こういう”しんどかった過去”も、ちゃんと書き残していこうと思います。
過去の自分みたいに、心が折れそうな人が、少しでも楽になれるように。
よければコメントで教えてください。
あなたが介護で最初につまずいたのは、どんな場面でしたか?
書ける範囲で大丈夫です。あなたの経験も聞かせてください。
※本気記事は個人の体験談であり、特定の個人・施設を指すものではありません。プライバシー保護のため表現を調整しています。


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