利用者減少による階移動━信頼がついた先で感じた、静なら疲れ


利用者減少による階移動━信頼がついた先で感じた、静かな疲れ

利用者さんの減少により、再び階移動がありました。
この職場に勤めて、気づけば2年ほど経っていました。

最初は不安だらけだった環境。
「できない人が行く階」と言われた場所で、一つひとつ仕事を重ねて、少しずつ、信頼もついてきたと感じられるようになっていました。

できないことばかりだった自分から、「これお願いしてもいい?」「ちょっと手伝ってもらえる?」そう声をかけられることが増えていった。

頼られること自体は、悪い気はしません。
むしろ、「ここにいていいんだ」と思える瞬間でもありました。


頼られることが”当たり前”になっていく

ただ、時間が経つにつれて、ひとつ、心にひっかかることが増えていきました。

それは、頼まれたことをやっても、感謝やお礼の言葉がないこと

最初の頃はありました。
「ありがとう」「助かりました」
そんな一言が、ちゃんと返ってきていた。

でも、いつの間にか変わっていきました。
・頼まれて動く
・終わっても、何も言わない
・次は別のお願いが飛んでくる
それが、”当たり前”の空気になっていった。

私は、見返りが欲しいわけじゃありません。
大げさなお礼を求めていたわけでもない。

ただ、「助かったよ」の一言があるだけで、気持ちは全然違う。それだけのことでした。


感謝がないと、心は静かに削れていく

介護の現場って、忙しいです。余裕がない日も多い。だから、感謝の言葉が抜けてしまうこともあるのは分かっています。

それでも、「頼まれてやる→何も言わない」これが続くと、心は少しずつ疲れていきます。

だれでも気づかれない疲れです。表に出すほどでもない。でも、確実に残る。

(私がやるのが当然なのかな)
(もう、感謝される立場じゃないのかな)
(頼られるって、こういうことなのかな)

そんな考えが、頭をよぎるようになりました。


階移動で気づいた、自分の立ち位置

利用者減少による階移動は、人員配置としては仕方のないことでした。

でも、移動先でも、私は自然と「頼られる側」になっていきました。
・手が足りない時に声をかけられる
・困ったときに呼ばれる
・「これ分かる?」と聞かれる
それ自体は、信頼の証だと思います。ただ、その一方で、「ありがとう」がない状態が続くと、心がすり減る

不思議ですよね。仕事はちゃんとできている。評価もされている。でも、気持ちは少しずつ重くなる。


助かった、その一言だけで救われる

私は、ある日ふと思いました。

「助かった」って言われるだけで、だいぶ違うのに。

その一言があるだけで、
・また頑張ろうと思える
・自分の存在を肯定ができる
・無理してよかったと思える
人は、そんなに強くありません。でも、そんなに多くも求めていません。

介護は、人を支える仕事です。だからこそ、支える側も、ほんの少し支えられないと、続かない


今の自分が大事にしたいこと

この経験を通して、私は決めました。
・できることを、できる範囲でやる
・「当たり前」にされすぎる時は、一度立ち止まる
・感謝がなくても、自分の価値を下げない
そしてもう一つ。
自分で自分に「よくやってる」と言ってあげること

誰かが言ってくれなくても、私はちゃんとやっている。それだけは、忘れないようにしようと思いました。


同じ立場の人へ

もし今、あなたが
・頼られることが増えてきた
・でも、感謝されなくなってきた
・なんとなく疲れている
そんな状態なら、それは甘えじゃありません。心が出しているサインだと思います。

頼られる立場ほど、「大丈夫な人」に見られがちです。でも、大丈夫そうな人ほど、静かに疲れていくこともあります。


おわりに

あなたは、「ありがとう」の一言で救われたことはありますか?
または、
「当たり前」にされて、しんどくなったことはありますか?

書ける範囲で大丈夫です。
あなたの気持ちも、ここで少し吐き出してください。

※本記事は個人の体験談であり、特定の個人・施設を指すものではありません。プライバシー保護のため表現を一部調整しています。

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